from compartment

私の乗っている観覧車から見える景色です。

心や身体の回復に続いて、社会的な意識の回復も、本格的になってきました。

mymulaという一人の人間としての私と、weed voiceとしての魂の仕事の私。
昨年の夏からその2つが同時並行していて、それぞれ別の形で制約があるので、自分の中でもバランスを保つのがなかなか大変でした。
そんなものの中間に生まれ落ちたのが、「wunjo ~地球・暮らし・よろこぶ」と題したブログです。

ごくざっくり言って、サステナブル(日本語で言うと「持続可能」)なものを扱うブログです。

いま、地球に起こっている様々な社会課題(環境問題やら労働の地域格差やら、ジェンダーにまつわる様々な格差、SDGsへの各種取り組み、多様性の平和的な維持などなど)を、解決しようとしている人たちがたくさんいます。そんな人たちが関わっているものや情報を、拾っていきたいと思っています。

実は、本当は、就労したいと思ったのです。この世界でもっと生きていたいと考えるようになり、そのために社会にもっと関わりたいとも思った。
でも、人の中で時間を過ごすのは難しいという主治医との結論の結果、社会との関わり方を、今の自分なりにしてみることにしました。

この内容は、このブログの一部として動かしたかったのですが、livedoorのブログはデザインの選択の余地が少なくて、どうしてもスマホでは読みづらくなってしまうので、新たな場所を立てました。
このブログは引き続き、私の多少まとまった雑感を記す場所としていきます。

いろいろな切り口で、社会課題に取り組む、いろいろなヒトの動きや生まれてきたものを、できるだけ受け取りやすい言葉で、受け取りやすい形で、ご紹介できればと思います。私は専門家ではないし、そうなるつもりもないので。
地球におけるニューノーマルな暮らし方についての、自然な形での移行が目的です。

HPのトップにあるカレンダーには、ここの更新も、wunjo(「うにょー」って読みますよ)の更新も記していくので、気が向いたら覗いてください。
初回は、ブログについての説明を書いています。
ここのとだいぶ違う言い方ですが笑。

「wunjo ~地球・暮らし・よろこぶ~」00.このブログについて
https://wunjo20.hatenablog.com/entry/about

ちなみに写真は、何年か前に、私に初めて、フェアトレードというもの(そのうちwunjoでちゃんととりあげます)を教えてくれた、ピープルツリーの(味も)大好きな大好きなチョコレートたちです。
ピープルツリーのチョコレートは、余計なものが入っていない分、溶けやすく、秋冬にしか市場に出回りません。10月かな、待ち遠しい!
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『すべての女子はメンヘラである』(スイスイ・飛鳥新社・2020)という発売されたばかりの本をKindleで読んだ(正確にはいちばん最後のTIPSの章は除いて)。
この本には、メンヘラから脱するための凄まじいスパルタな方法が書かれてある。
誰にでもできると書いてありながら、正直、とても誰にでもできるような類のものではない。
というのも、それをやり遂げるためのモチベーションが筆者独特だと思うからだ。
いや、女子にとっては、独特とは言えないのかもしれない?
そのモチベーションとは、恋である。
大失恋した元彼の最強の元カノになりたい、そして、20代でで出会った彼と、ともに生きるような生活をしたい、それが彼女のモチベーションだ、と私は理解した。筆者は、実際にその彼と結婚して、お子さんも生まれている。
恋って最強。。と、本を読み終わった私は思ったのだった。

最近、古い先輩から教わった文章でも、メンヘラだった女性が、病院で自分の症状と悩みを告白した結果、主治医から「結婚すれば?」と当初は意外なアドバイスをされて、紆余曲折を経て実際に結婚して、無事に生活を送っていた。
私の古い友人も、私よりも長く心に障害を持つ人だけれど、数年前に結婚して、調子を崩しながらも頑張って新しい家族と生活している様子を、毎週メールで送ってくれる。

恋をする、結婚をする、ということは、自分と違う相手に合わせて生きなくてはならない、ということだ。
そこにフォーカスしたときに、病んだ自分ではいられなくなる。
多少、無理矢理にでも、自分一人で=孤独に病んでいた状態から回復していく。
その矯正力というのは、半端ないスパルタ訓練なのかもしれないなと思う。
人というのはきっと、一人で生きない方がいいのだ。

私がどの程度、重度のメンヘラ(冒頭の本では、メンヘラの度合いを「重さ」で区分する)なのかは置いておいて、実際問題、私は精神障害者として20年という歳月を送ってきた。
その私にも、実は今、似たようなことが起こっている。

今年の2月に、約4年かけて自力で少しずつ 少しずつ減らしてきた強力な薬と、おさらばすることができた(今はもう少し軽い薬になった)。
副作用も各種様々だったその薬と別れるのには、相当の努力と苦痛を要した。離脱作用も格別で、2週間オムツなしではいられないほどの下痢に見舞われた。精神病の薬が、いかに身体にとって影響の強いものかを知らされる出来事だった。
そこから3カ月。
ちょうどコロナの最盛期、私は、とある出会いによって強烈な恋に落ちた(ちなみに、当時の精神年齢20歳)。

いきなり、現実への視界が開けた。ずっと視界に入るものが怖くて、下ばかり向いて歩いていたのが、ちゃんとしっかり顔を上げて、無意識にでも前や上を向いて歩けるようになった。自分に対する客観性が、それまでより格段に増して、自分が世界のどこらへんにいるのかを、まだよくは分からないけど、少なくともそういう視点で考えられるようになった。
社会を逸脱した20年を経て、私はまた、現実に戻ってきたのだ。

恋をした相手の人は、私に日々、多くの学びをもたらしてくれる(実は恋に落ちる前からそうだった)、とても素敵な人だ。その人が向かおうとしている未来と、歩んできた考え方に、私はとても勇気づけられた。
ここは、その人のいる世界なんだ、それなら自分も生きていけるかも、と思った。そのくらいの信頼と安心感を得た。
この病気には、「世界への安心」が必要だと兼ねてから思っていたが、それが本当に私にもたらされたのだ。
革命的だった。

私は当初、この恋を、ただのタイミングの合致だと思っていて。
回復してきたから恋ができたのだろう、と思っていた。それぐらい回復したんだと。
今回、本を読んで、それは実は逆で、私は強制的に自分を回復をするために、恋に飛び込んだのかもしれないと気づいた。
古い先輩に、この本のことを話して、「恋って最強」という話をしたら、「無料だし、副作用ないし」と返ってきた。
ほんと、恋を一方的にするだけなら、医療と違って無料だし、強烈な薬と違って身体的な副作用もない。名言だ。

ただ、この一方的な恋をいつまで続けていられるのか、相手の人が「他者」としていつまで効力を持っていてくれるのか、恋によるスパルタ訓練の魔法がいつまで続くのか、保証はない。
どんなに、私がその人に出会えたことを感謝していてもだ。
恋と自分の回復との関連=からくりが分かってしまって、多少落ち込んでもいる。
恋は最強だ。でも、それが終わってしまったら?

それまでの間に、できるだけの回復=自分の修復をする、それが今、考えていることだ。
私は、現在、自分の直感に従って選んでいるものを最優先事項にするために、長らく応援してきたものから離れた。残していくものを中途半端にもする、大きな決断だった。

しかしその結果、心の容量に余裕ができたのか、ふと、20年、手を付けられなかった荷物の整理を始めている。
例えば、20年前、私の発病すぐの時期に、心の悪化から病気でなくなった親友の、葬儀のときの書類(当時、私はその事実をまったく受け入れられなかったので、古い先輩にすべてをお任せしてしまった、そのときの各種報告書類)、その後、数年の間に自分が主催したお茶会や個展開催、編集に関わらせてもらった書籍出版のときの連絡書類。彼女のお友達に作ってもらった、お茶会の可愛い招待状や当日のメニューを残して、すべて処分した。それらの書類の整理から目を背け、溜め込みつづけてきた私にとって、大きな仕事だった。
彼女は、今も、たまに私のそばに現れ、やさしい助言をしてくれる。このときも「それでいいよ」ってにっこりしてくれた。自作の彼女に関するホームページが残っていて、私の外部にある彼女の手がかりがまだあるから、安心できているのかもしれない。
病気以前に仕事で関わった書籍も、お気に入りのもの、いい記憶のものを残して、処分。
幼い頃から読んできた絵本も、ごく一部を除いて、処分。
もともと片付けが苦手な自分が、そんなふうにして、ゆっくりゆっくり、過去の自分の整理を進めている。
これを回復と呼ばずになんと言おう。

恋も回復も、もしかすると鶏と卵みたいなもので、どちらが先とかどちらがどちらのためにとか、そういうものではないのかもしれない。
どちらも、私がここまで来られなければできなかったこと。
そのことを幸せに思おう。今の時間を大事にしよう。
恋って最強、回復って最高。

追伸:ダイエットは、始めて3週間くらいで、3キロほど体重が落ちました。体重が重いから、比率的にはそれほど高くない。体重よりも、新陳代謝を上げることと体脂肪率が落ちることを目標に、今後もやっていきます。
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散歩の途中、本来はブルーの花に、夕陽が当たって、きれいだった。



今日は、体重の話。

10数年前、病気の再発をきっかけに、強い薬を飲むようになって、副作用で、一年の間に、体重が2倍に増えた。笑
そこから、体重も減ること、また増えること、いろいろ経て、最大値より20キロくらいは減ることがあったのだが、それ以上は下げ止まりな感じがしていた。

今年の2月にその薬からようやく離れることができて、その時点からこの8月までで7キロくらい減ったが、下げ止まりより大きくは下がらない気がしていて。

今日、たまたま別件でお友達と話していて、流れで、会わない間に、8キロのダイエットに成功したんだという話を聞いた。
彼女は、全然ダイエットが必要な人じゃないんだけど笑。

彼女がやったという内容を、全部聞かせてもらうことができて、最初からすべてはクリアできなくても、今の生活の中で極端な無理をせずに実現できそうな気がしたので、人生初のダイエットに挑戦してみることにした。

自分の、心との付き合いは、少しずつだけど、できるようになってきたから、次は身体との付き合い。

結局、歩くことになる。
最近、女子サッカー方面で自分が自分にかけているプレッシャーから、ちゃんと仕事してなくて、生活のリズムも崩れそうになっていたので、ちょうどよかったと思う。

いつか、これを読み返したとき、今より体重が減っている生活だといいんだけど。笑
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